Extreme 10yen Game
1st
[XI Koraelano DERER]

【4】

『『始めよ』』
号令が響きわたったかと思うと、二人の姿が消えた。

「え!?なんで!ノキアとコレラノはどこいったの?」
「そういうものなんだ」
ブルーインが平然としているのに対し、ナミセは納得がいかなかった。怒りやら焦りやら驚きやらで思わず声が大きくなる。
「一番おいしいとこなのにー!なにこれ、作者め期待させといてまた逃げる気なの!?」ナミセは余計なことを口走った。「ありえない、ありえないったらありえない!」
「落ち着け、…お前10円ゲームやったことあるか」
「ありますよ。これでも学生時代はちょっと鳴らしてましたから」「どうだった」
「どうだったって…普通にコイン手の甲にのせて、腕使ってそれをはたき落とすっていう…」「ああ。普通はその通りだな」
「え?」
「どちらが先に相手のコインを落とせるか、それが10円ゲームのルールなわけだが、それを戦いの手段に応用したのが『エクストリーム10円ゲーム』。そのプレイヤーが手の甲にのっけてるのはコインじゃなくて、命だ」
「はあ?命って、あの、命?」
「他に何があるんだよ。…ゴッドオブ10円の研究が進むにつれて、人間は彼らと対等な関係になった。そこで色々できるようになったことがある。精霊に取り締まらせてルールを確立させたり、生命力の可視化によって勝敗を分かりやすくしたり、プレイヤーを異空間へ飛ばして周囲の安全確保を図ったり」
「あ!」「あいつらが消えたのはそういうわけだ。エクストリーム10円ゲームはそれほど危険な競技なんだ」
「もはやそれ10円ゲームじゃないわ色んな意味で…」
そんなナミセの顔に影が差した。とは言っても暗くなったのは彼女の表情ではなく、顔そのものである。それもそのはず、いつの間にかプレイヤーとともに姿を消したはずの精霊、の片割れが姿を見せていた。
『なんだお前ら、観戦したいのか?』青いドラゴンは、貫禄を感じさせるその巨体を揺らしながら問いかける。
「え、あ、あの…」
『おれのことはシャオって呼んでくれ。で、観戦するのか?』
「ぜひ!」「ちょっ、お前人の話聞いてなかったのか?危険だ」
『大丈夫、人っ子ふたりぐらい俺が守ってやるよ、場数は踏んでるからなおれ!』
そう言って胸を張る姿が妙に人間臭く、場の空気が一気に緩やかになった。
「だって。いこうよくまさん」「…まあ、見たくないわけじゃないが…」
『おおっ決まりだ!決まり決まり!じゃ、おれに掴まってろよ!』
シャオは空中に向かって何か唱えると、勢いよく垂直に飛び上がった。前触れもなくかなりの重力をもろに受け、ブルーインは小さく叫び声をあげ、ナミセは口許を押さえた。
『ちょっと次元とか空間とか越えてフィールド作ってるからな、初めのうちはキツいかもしんねえけど、慣れればエクシタシー感じるようになるぜ!』
「それはちょっと…」
『とか言ってる間にもう着いた!』
巨大ドラゴンは相変わらずやや乱暴に着陸するや否や、ナミセたちを勢いそのまま放りあげた。またしても予想外の事態に当然受け身などとれるはずもなく、ふたりは地面に叩きつけられる。
「いたーい!」「俺…結構いい年なんだが…」
『ごめん、ふだんジュニアにしてるようにやっちまった…次は気を付けるから!』
「…ジュニア?それもしかしてノキアのこと?」
『そうともいうな!さあさあ、早く戦い見ないと!ごゆっくりとはいかないぞ。なんたってジュニアは強いから』
シュバシュバシュバシュバッ!
「どうした、コレラノサマ?」「…」
青い巨体に急かされて見ると、確かにノキアの方に分がありそうだとナミセは思った。積極的に攻めている彼に対し、コレラノは防戦一方であった。
「この分だと、早々に決着が着きそうですね」
ところが、ブルーインは首を縦には振らなかった。
「…攻め過ぎだ、ノキアは守りを完全に捨てている。それに引き替え、よく見てみろコレラノの防御を。あいつ、片手しか使ってない」
10円ゲームでは、コインを必ずどちらか一方の手の甲にのせなければならない。コインを守るためにはそちら側の腕で出来ることはかなり限定されてしまうため、片手しか使わないというのは至極当たり前のことではある。
「それがどうかしたんですか」
「あのラッシュだぞ、俺なんか目で追うので精一杯だ、それを左手一本で全ていなしてる。体の向きも変えずに、距離もとらずに!」
コレラノは、激しく動く左腕を除いては、ノキアに対して左足を前に出したその体勢を微動だにしていなかったのだ。
つまり、
「まだ本気じゃないってこと?」
「そう、あいつはタイミングを見計らってるだけ。その気になれば、守りがら空きの今のノキアじゃあっという間に倒されちまうぞ」「うそ…」
いつの間にかナミセはノキアの味方になりかけていた。それを感じとったシャオは言った。
『それを言うなら、ジュニアもまだ本気出しちゃいないぜ』
『『2分半経過、残り2分』』
コレラノが、遂に動いた。「スキあり!」
彼の放った攻撃はノキアの腕にヒットしたが、しかし、パワー不足かコインを揺らすだけにとどまる。
「…ひゅー…あぶね」

「本気じゃない?あれでか?」
『うんそうだ。今のジュニアを見て何か気づかないか?変わったところとかなんとか』「なにか?」
そう言われて、ふたりはノキアに目を向けたが、先程と何も変わっていないように見えた。
「適当なこと言うなよ」
『うーん、ジュニアも抵抗があるのかなやっぱり…』「抵抗?なんだ?」『頭のほうよく見てみな』
「頭、もしかして…」ナミセは何か閃いたような顔をすると、まばたきを繰り返した。「間違いないわ」そしてシャオに耳打ちをした。
『正解』「やった!」
「…わからない」
ブルーインは苦しい顔を見せたが、それを見たふたり、一人と一頭はそれに負けず劣らず渋い表情を作ると、顔を見合わせ頷いた。
「ブルーインさん、まさか…」『ああ、あり得るな!』
「なんだ」
「老眼ですか」「しばくよ?」
ナミセはにやにやしながらブルーインに耳打ちをした。
「髪の色だあ?」
「よく見てください、ほんのり茶色くなってませんか」
言われて、ブルーインは視線を移す。なんだかぼんやりと褐色がかっているような気もする。目を擦る。色が濃くなっていた。
「うわ、本当だ。すげえアハ体験」
『ラブノウの指導者一族によくある体質なんだ。興奮が、特に戦いのときに最高潮に達するとありとあらゆる変化が起きる』「ありと、あらゆる?」『うん。例えば足が速くなるとか、髪の色が黒くなるとか。変化は一つとは限らないんだ。先代の場合は耳が伸びたりもしてた』
「へぇ、俄には信じがたいが…あれを見る限り、本当のことらしいな」
『ジュニアの場合は、身体能力がすげえ高まるかわりに、髪と目の色が黒くなって、ランダムで五感のどれかを封じられる』
「五感?ってことは今のノキアは目が見えないかもしれないってこと?」
「いやそれはないだろう。そんなんじゃあんなに攻撃できるわけがない。おそらくは、味覚か嗅覚か…」
『おっ』「どうかしたの」
『俺らがもたもたしているうちに、動きがあったみたいだぜ』

ノキアの異変には、コレラノも気付いていた。ゲーム開始からの怒涛のラッシュ。防御を捨てたあまりにも乱暴な攻撃。初めのうちはそれでも、セオリー通りに腕やコインその物を狙ってのものだった。
しかし今はどうだろう。足下はおろか、頭や腹にまで仕掛けてくる。体勢を崩そうという意図なのか、それともこちらの体力消耗を図っているのか、はたまた…
コレラノは相手の表情を窺いつつ、再び攻撃を放った。
コレラノは目を見開いた。
おかしい。今の一撃は確実にコインをかすめた。先程の反省からパワーもできる限り込めた。その証拠に、コインは宙を舞っていたじゃないか。
それなのに、彼はどうして立っていられる、戦っていられる!
エクストリーム10円ゲームでのコインは命だ。それはけして比喩ではない。一瞬でも体から離れれば、普通の人間なら即死に至るし、たとえノキアがSS級の犯罪者で名の知れた賞金稼ぎであったとしても気絶ぐらいはするだろう。
にもかかわらず、むしろ相手のスピードはますます速くなっていく。コレラノはそれに恐怖を感じた。が、見て見ぬふりをした。その代わり、少し昔のことが思い出された。

[目が覚めたかい、私の家の前で倒れていたんだよ、君]
[簡単にそんな言葉を吐くものじゃないよ。死んでよい人間なんかいないんだ]
[何処の馬の骨とも分からぬ男に家督を継がすのですか!]
――造らなければ、
[あんたがコレラノか…ようこそ"トルテ・インスティテュート"へ。歓迎するよ]
[本日、ヴェスト地域アインス県の総督に任命された、コレラノ・デーラーです]
[お前たち私がいなくても上手くやれるだろ、な!]

――造らなければ、争いのない世界を…
「私の邪魔をするな、ノキア・リー!」
それでもノキアは止まらない。この叫びも、彼には届いていないらしかった。髪の色は、もはや誰が見ても分かるほど黒く変化していた。