Extreme 10yen Game
1st
[XI Koraelano DERER]

【3】

辺りが騒然となる。
「本物か…?」
「なぜここに?」
信じられない、といった表情に溢れかえる中で、コレラノだけが余裕たっぷりに微笑を浮かべ、
「なるほど、橙色が警告の色とはよく言ったものですね」
ナミセだけがノキアの姿に見とれていた。
「綺麗なオレンジ…」
からからから、
「すっかり俺も有名になったもんだね」
「当たり前だ。お前は世紀の大罪人、橙髪の悪魔なんだからな」サンタマリアはすっかり敬語を忘れているようであった。
「橙髪の悪魔」ノキア、と名乗った青年、は目を丸くした。「また新しいあだ名がついちゃったか、まぁしょうがないけど。しかし、とうはつのあくまねぇ、いまいち響きが好きじゃないな。頭に髪くらい大抵生えてるっての、なーんて」
「…お前本当に、あのノキア・リーか?」
「あのノキアがどのノキアかは知らんけど、俺の名前はノキア・リーだ」
「そんなお前が、なぜこんなところにのこのこと現れたんだ」
「そうだなぁ、無実の罪を被せられる様子を黙って見ているのはどうかと思ってね。俺は立ち上がったの」
「その程度の理由でか!それとも義賊でも気取っているつもりか?だとしたら無駄だ。お前の犯した行為はそんな小さな善行で帳消しに出来るほど軽いものではないのだから。ラブノウシティを一夜にして灰塵に帰した。街ひとつだぞ、街ひとつ。しかも己の故郷をだ!」
「己の、故郷…?」ナミセが驚きのあまり反芻する。
「そう、あいつが悪魔とか呼ばれてるのはそういう意味だ。街吹っ飛ばしただけじゃなく、親兄弟友人知人…言い方悪いが一掃しちまったからな」
「んー、」ざわめく外野をよそに、ノキアはひとりごちた。「そういうことになってるんだ」
「なにをぶつぶつ言っている」
「あのさ」世紀の大罪人がずいっと顔を近づけてきたので、サンタマリアはたじろいだ。「つかぬことを聞くけど」
「拒否する」
「…手厳しいね」
「お前は罪人、俺はアインスの幹部、立場が違う」
「おれはオールセントラルの次期指導者だよ、親父も死んだし街も無くなったから今はニートだけど、それに」

「俺は、そんなことやっちゃいないよ」

それが意味のある言葉として理解するのに、この場の誰もが時間を要した。今まで自明のものとされていた常識が、一人の男によって覆されるかも知れなかったのだ。
そして意外にも、一番早く反応を返したのは、コレラノであった。
「やっていない、と?今そうおっしゃいましたか」
「んー、ようやく口をきいてくれたなコレラノ」
「その口調、この区域では不敬罪にあたりますよ」
「その手のご託なら後にしてくれ、話を逸らされるのは大嫌いだ…それに、その言い方からすると信用しちゃいないようだな、俺の言うことなんか」
「ええ」
「じゃあ信じられないついでにもうひとつ、むしろこっちが本来聞きたかったことだけど、『ラブノウを消し去ったのはあんたか?』」
キィィィィィン、場の空気がそう音を発したのをナミセは聞いた気がした。彼女は幸か不幸か、事情に疎かったおかげで割りと冷静に事態を受け止めることが出来ていた。
一方で、ブルーインやサンタマリア、そして他の二人の側近は混乱していた。頭が空回りを続け、ことのなりゆきを見守るしかなくなっていた。
普段は薄笑いを貼りつけたコレラノも、この時ばかりは表情を変えた。
「どういう意味でしょうか」
「そのままの意味だよ」
「この私が、"緋色の一夜"の首謀者だとおっしゃる?フフフ、笑止千万。有り得ません。そんな情報、どこで手に入れたのか知りませんが、とんだガセですよ」
「そうか…そうだよな、変なこと聞いてすまんかった」
「…?」
「"選ばれし者たち"の中でも末席のお前が、誇り高きラブノウの街を消し去れるわけないもんな」
パキン、また音が聞こえた。今度は全員に聞こえた。ゆらり、顔をあげたコレラノの表情はもはや鬼のようになっていた。
彼は叫んだ。
「汝が命をその手に懸けよ!『出でよ、ゴッドオブ10円』!」
「コレラノ様…」サンタマリアの呟きは、突風にかき消された。

辺りに突風が吹き荒れ、砂ぼこりが舞う。
ブルーインは唖然として言った。「コレラノが、本気になった…」
「そんなに珍しいことなんですか?」
「珍しいもなにも、あいつは"トルテ"きっての厭戦家だぞ。言ったろ、穏やかな性格だって。トルテの二大おっとり、って呼ばれてるくらいだからな」「なんでここで笑いを挟んでくるんですか」
「ちなみにもうひとりは」「いりませんその情報」
「…とにかく、出来るだけ競わず争わず人を傷つけず、戦いなんぞもってのほか、それがあいつのモットーなんだ。だからこの地方はコレラノの独裁の元で共産主義制をしいてる。あいつの絶大な権力のもとにあらゆる争いを封じ込めてんだよ。もっとも、それが上手くいっているかどうかはまた別の話だが」
「だから、あのスピーチ…」ナミセはサンタマリアが民衆に向かって叫んだことを思い出した。
「行きすぎてると思うか?俺もそう思うよ、そんな世の中つまらねえ。しかしコレラノサマは違う…いまノキアは、奴にとってただの罪人から理想を覆しかねない逆賊に変わったんだ」
風は、その勢いを増していた。増しつつも、一ヶ所に集まり始めていた。渦まく風はやがて歪みを生み、そして、そこに現れたのは。
「とり…?」
それはまさしく鳥ではあった。大きな、黄金色に輝く、この世のものとは思えないほど美しい。
「金鵄だ」
「キンシ?」
「そう。エスト地域の霊鵄(れいし)だ。あれがコレラノの精霊らしい」「精霊?ゴッドとか言うから…神様なんじゃないんですか」
「それは…そうだな…」「だからなんでシリアスな場面に無理やり笑いを持ってくるんですか」
「うるせえよ、というか…お前何も知らないんだな。それでも物書きか?」
「いいんです女性誌専門ですから。ゴシップにアンテナ張ってればそれでー」
金鵄、もといコレラノの精霊が羽をしまうと、眩いばかりの光が消えた。
『そちらも精霊をお喚びなさい』
「しゃべった」「そういうもんなんだ」
「…出でよゴッドオブ10円」ノキアの言葉に応えるかのように、また空気が渦を巻いた。そして今度現れたのは、
『ほう…』
「ドラゴン、ですか」
「そう、ラブノウの指導者一族代々伝わる青いドラゴン。お前の化け鳶とは違うぜー?」
明らかに自分を挑発する言葉に、コレラノは顔をしかめた。「ノキア・リー…あなたは本当に私を小馬鹿にするのがお好きなようですね」
「ああ、お前自体に恨みはないけど"トルテ"には大いにあるからな」
『そうだ!先代や先々代や先々々代の敵!』
「今度はノキアの方がしゃべった」「ずいぶん好戦的なんだな、さすが戦闘民族の精霊」
「まあ、いいでしょう。その減らず口も」
ゴオッ、音をたててコレラノの手の上に小さな円盤――コインのようなもの――が現れた。彼はそれをゆっくり手の甲にのせた。
「3分後には静かになる」「その前口上、あとで後悔するなよ!」
ノキアの手の甲にも同じような円盤がのっている。
『『始めよ!』』
二頭の精霊は声を合わせて言った。