Extreme 10yen Game
1st
[XI Koraelano DERER]

【2】

「重い…」
人参、馬鈴薯、オレンジ、砂糖、シナモン、ビール、ウイスキー、ウォッカ、コーヒーフィルター、電球、そして謎の粉。
「なんで私がこんな小間使いみたいなことを」
ナミセは紙袋の山を抱え直しながら愚痴をこぼした。
しばらくアインスに居座るつもりなら店を手伝え。ブルーインから命じられたことが頭の中で繰り返し再生される。
「全く、私みたいな絶世のかわい子ちゃん(死語)をこんな、パシリに使うなんて、あのクマ人間いつかシバいたる」
「ほほう、どうシバくと言うのかな」
「そりゃあまず最初に身ぐるみひん剥いて、パンツ一丁にさせておいてそれからあらかじめ用意していた紐で…」
振り向けばそこにクマ人間。
「ギャー!」
「買い出しくらいでこんなに時間かけて何かあったのかと思っていたが、まさか俺への調教を企てていたとは」
「買い出しくらいで、ってこんな量普通の女の子じゃ抱えるのだけでいっぱいいっぱいなんです!」「調教の部分は否定しないのか」
「とにかく、迎えに来たんならブルーインさんもどれか持って下さいよ」ほらこれとか、と言って差し出した袋からは酒のボトルが顔を出している。
「これ一番重いやつじゃないか!」
「とっとと持って下さいよ、男でしょ」
「えー、ここはもはや運び慣れてきたであろうナミセちゃんが持つのが得策じゃない?」
「別に構いませんけど、するとどうなるかなぁ」「?」
「たしかにそれ、一番重たいですけど一番壊れやすくて一番高いものでもありますよ」
「確かに」
「そんな丁重に扱うべきものを私に持たせていいんですかー?もしかしたら、うっかりおじゃんにしちゃうかも知れませんよ」
「…確かに」
ナミセはにたぁ、と顔を歪ませた。ブルーインは根負けして言った。
「分かった、分かったよ!俺が持てばいいんだろそれで満足だろ」
「分かればいいんです、第一、重い重いって、その立派な体格はなんのためにあるんですか。まさかただ単にメタボリックなだけなんてことないですよね?ささ、これ持って…」
そこまで言ったところで、ナミセはブルーインの異変に気付いた。
「どうしましたかー」
呼び掛けても返事はない。
そんな彼をナミセはいよいよ怪しみ、とりあえず視線を辿ってみると、
「…あなたに、アインス県長コレラノ様の命によりデーラー城への強制出頭を求める」
4人の男が立っていた。いやこの表現は適切ではない。たしかに3人は立っていたが、ひとりは地べたに這いつくばって、正確には這いつくばらされていたのだから。
その、地に伏した彼がナミセの目を引いた。
「あいつは…」「昨日の、ラブノウくん?」
青年が顔を上げた。幸い、そこに傷は見当たらなかったが土ぼこりにまみれている。ナミセは思わず声をあげた。
「やめなさいよ、嫌がってるじゃない」
「よせ、ナミセ」
立っている3人のうち一番上等な服を着た男――コレラノサマの参謀かなんかだろうと二人は思った――が立ちふさがる。
「…これは勅命の行使です。止めるつもりならあなた方も何らかの罪に問われますよ」
感情を押し殺した、それでいて良く通る声だった。
「出頭とか言ってるけど体のいい集団リンチじゃない」
「リンチとは、おぞましい。人聞きの悪いこと言わないで下さい」
「勅命だか特命だか知らないけど、この人がなにしたって言うのよ」
「この人がなにしたかって…?ハハ、良いでしょう教えて差し上げましょう。彼はね、橙髪の悪魔だよ」
「とうはつのあくま?」「ノキアのことだ」
参謀は未だ地に伏した彼の腕をひっつかみ、無理矢理立たせると顔を近づけて言った。
「安心しろ。コレラノ様は穏和なかただ。罰すれど殺さず、他の県よりも寛大な処分を下さるであろう」
そうして、連れていかれようとしたまさにその時、橙髪の青年は叫んだ。

「違う、俺はノキアじゃない」

彼の声が辺りに響き渡る。
すると、ノキアという単語だけを耳にしたのだろう、人々がざわめきはじめた。慌てて走り出す者、おっかなびっくりこちらを見てくる者、どちらかと言えば後者が多く、気づくと人だかりが出来つつある。
「まずい…!」
「サンタマリア様、」「どうしましょう」
「とにかく事態の収拾に努めなければ!」
3人に焦りの色が浮かぶ。これ以上の騒動の拡大は、人民の統率を乱しかねない。なんとしても避けなければならなかった。
「聞け!私はアインス県最高補佐官、サンタマリアである。私達はこれより罪人の連行を行う。よってあなたがたに帰還を命じ、ならびにこの罪人との接触を禁ずる。くれぐれも彼に影響されることのなきよう。転覆思想を持ち私達に歯向かうなど言語道断である。人民よ、今ある穏やかな暮らしはコレラノ様あってのものだということを忘れるな。さぁ早くあるべきところへ帰り労働に励むのだ」
「なにそれ」
聞いて呆れるナミセとは裏腹に、幾重にも周りを取り囲んでいた人々はまるでそれが当たり前だとでも言うようにその場から消えていった。
「うそ…」
「アインスは『そういう』政治体制だからな」

パチパチ、パチ…
拍手の音をさせてまた別の男が現れた。彼は、サンタマリアでさえも比べ物にならないほど高級できらびやかな――それが彼の権力を表しているものだとしても、ださいなとナミセは思った――格好をしていた。
「素晴らしい手腕ですねサンタマリア、あの数の民衆を黙らせるとは。さすがあの方が見込まれただけある」
「コレラノ様」さっ、と3人は膝をついた。
「あれは?」
「コレラノ・デーラー」
「え!?『選ばれしものたち』のひとりじゃないですか…」
「で、ノキアを捕らえたと聞いたけれど、それはどこですか」
「こちらです」
橙髪の青年を見たとたん、コレラノは顔を手で覆った。
「…これは痛々しい、いくら罪人だとしても他にやり方はありませんでしたか」
「は、申し訳ありません。抵抗を受けたもので仕方なく体を打ったのですが、少々度が過ぎてしまったかもしれません」
「…そうですか」コレラノは再び青年に視線をやると、その目を細めた。「それでは、連行しましょう」
「待って!」
この場にいた者の視線全てがナミセの方を向いた。「彼は偽者なのよ!」
「またあなたですか。いいですか?世紀の大罪人なのかと問われて、はいそうです、と答える人がどこにいます?」
「でも…」
「それに、ノキアは二重人格だという噂もありますから。とにかく、ここでは彼の正体について議論すべきではない。彼が本人かどうかは、城に連行してからゆっくりと確かめますよ」
「やばいな」ブルーインがぼそりと言った。
「え?」「連行されたが最後、罪を認めるまでずっと拷問の日々。それが"トルテ"のやり方だ。いくらコレラノが穏和な奴だろうと――いま見た限りでは――部下までそうとは限らないだろ。いま止めなきゃあいつ死んじまうぞ」
「でもどうしたら」
「…俺に任せとけぃ」ブルーインはにやりと笑ったが、らしくない表情だとナミセは思った。
「お待ちください」
「…いい加減にしてくれませんか」
「俺が用があるのはコレラノサマのほうだ。三下はすっこんでろ」
「!」サンタマリアは驚き、そして気色ばんだ。ブルーインはそれを無視して、コレラノに膝をついた。
「コレラノサマ、たとえ彼がノキアの特徴と合致しているのだとしても、やはり私どもには彼がノキアだとは思えないのです」
「…ほう、けれども『私は』彼をノキアだと思いますが。その方、そこまで言うのなら上手く私を納得させて下さいな」
「実は、こんな話を耳にしたことがありまして。ノキアがラブノウの指導者一族だったということはご存じですよね?」
「ええ」
「その指導者一族には代々伝わる『うた』があるらしいのです」
「ほう、それは興味深い。それはどのような?」
「たしか、我らがラブノウ、世界平和に…とかなんとか。普通の人がうたえばただの歌ですが、指導者の血を引くものがうたえば…」
「うたえば?」
その問いに、ブルーインは訳知り顔をしながら固まった。
「やべ、そこまで考えてなかった」「え、じゃあこれ出任せ!?」
「どうにか空気を変えようと思ったんだが…予想以上にコレラノが食いついて来たもんだからさ」
「そこ!なにをこそこそ話している!」サンタマリアは苦虫を噛み潰したような表情で怒鳴った。
「第一、指導者一族に伝わるうただと?そんなの聞いたこともない、こんなものこいつの創作に違いない!いやそうに決まっている!」
「もう、早速疑われてんじゃない!」「く…」
「落ち着きなさいサンタマリア」
「これが落ち着いていられますか!先程からあなた方はなんだ、勅命の妨害はするわ、コレラノ様に膝はつかないわ、挙げ句の果てに俺のことを三下呼ばわり!こんな輩のことなど聞く耳を持ってはなりませんよコレラノ様!」
「落ち着けと言っているのが聞こえませんか」
コレラノから放たれる圧力に、サンタマリアは何も言えなかった。
「ラブノウの指導者一族に代々伝わる何かがあると言うのは聞いたことがあります。そういう意味ではこの方の言うことも信じるに値するかもしれません、早速調べさせなさい」

からからから、
「その必要はないよ」
「誰だ!」
からからから、
「弥栄(いやさか)の我らがラブノウ いざ清き世界平和に 我理想高くかざして、だろ」
「!」
「こいつは偽者だよ、離してやんな」
「捕らえろ!」
「いいのー?」
からからから、特徴的な笑い声が辺りに響いた。
「ん、俺の名前、ノキア・リーっていうんだけど」
本物だぜー?と笑う彼は、髪どころか瞳までオレンジ色をしていた。