Extreme 10yen Game
1st
[XI Koraelano DERER]

【1】

これは10円ゲームが全てを支配する、弱肉強食な世界のお話。

初めは、暇潰しに過ぎなかったと言われる。
それが娯楽となり、
スポーツとなり、
戦いの手段とさえなって、
今では――

青年がひとり、街道を歩いている。周りには誰もおらず、ただ吹雪くばかり。昼間の快晴が嘘のようだと天気予報士も驚いているに違いない。
道は整備され、数メートルおきに立つ街灯は問題なくそれを照らしているとはいえ、雪景色というのは人を寂しくさせるものだ。自らのルーツをありありと示す橙色の髪も凍りつき、吐く息は真っ白になり闇に溶けていく。
それでも歩くのを止めなかったのは、この道が故郷に続いているからに他ならない。5年ぶりのふるさと。
普段はうっとおしいとさえ感じている家族も、このときばかりは恋しく思える。
三叉路にたどり着いた。もうひと踏ん張りだ。期待もあいまって歩みが早くなる。左の道をゆけば、もう懐かしい景色が見えてくるはずだ。
その時、誰かとぶつかった。
「あ、すみません」「……」
チャリン、と何か金属の音がしたので足元に目を向けると、
「落としましたよ」
「!」
青年がその何か――ペンダントのようでもあった――を拾い上げるより先に、相手はそれを掠め取り、そしてそのままこの場から逃げるようにして立ち去っていく。
青年は一瞬呆気にとられた。その無礼さに腹も立ったが、自分に対して危害が加えられていない事もあり、深く考えるのはやめた。
気を取り直して、再び目的地をめざす。もうすぐラブノウ族の象徴・黄金にかがやくシフログドが自分を迎えてくれるだろう。ああ、早く、早く、早く!
「…え?」
目を疑った。
街が燃えている。
そんなはずはない。セントラル区域随一の都市であるはずのラブノウシティ…中立を保っており、東からも西からも襲撃を受ける謂れはない区域なのに。
けれども、目の前では確かに火に包まれている。
ラブノウの人々が!
ラブノウの家々が!
ラブノウの独立の塔が!
ラブノウのシフログドが…
「なんだ、これ…」
赤々と燃える炎を前にして、彼は立ち竦むばかりだった。

「その事件の首謀者が」
「そう、ノキア。ノキア・リーだ」
――ヴェスト区域アインス県・パブ「棚と巣」
「一夜にして街ひとつを灰にしたなんて、まるで都市伝説だね」
手元の、資料とは名ばかりの紙切れを弄びながら、ミィ・ナミセは言った。
「都市伝説か、たしかにそうだな。と言うのもな、この事件には不可解な点が多すぎるんだ」
「え?」
「まず、なぜラブノウシティが被害にあったのか?知っての通りあそこは中立地帯。しかも『あの』ラブノウ族の自治区だ。攻撃どころか少し刺激を与えただけでも世界中の非難を浴びることになるのは明らか。ノキアが平和原理主義者だった、っていう可能性も無くはないが…どっちにしろ彼のパーソナルデータがほとんど分からない」
「それで資料がこんなペラ紙一枚なんだ」
「その通り。普通なら犯罪者のデータなんてどうでもいいことまで公開されるだろ。懸賞金に身長・体重、血液型から座右の銘、女だったら好きな男のタイプ、男だったらお気に入りのAVジャンルや利き手まで」「下ネタかよ」
ブルーインは咳払いをひとつした。
「…とにかく…ノキアのデータはどこをとってみてもアンノウンだ。幹部に圧力かけて探ってみたりもしたが、どうやらそいつらも知らされていないらしい」
「幹部?誰ですか?ってかそんなコネ持ってたんだ…さすがクマ人間」
「クサカ・メイ」
「『選ばれし者たち(イレブン)』に最も近い女…上級幹部じゃないですか!」
「ああ、そいつが知らないなんてよっぽどだろ…これがどういう意味か分かるな?」「もしかして」
「そう、『トルテ』は隠してやがるのさ。それもかなり重大なことを。まぁおそらくは…何か後ろめたいことがあるんだろう」
「後ろめたいことって」
「みなまで言うな。ああ、いくら生活のためとはいえど、面倒なことひきうけちまったぜ…」
「ブルーインさん…」
「これがドリフターズ(流浪の民)の宿命だ、ってね。ハハハ、おっと誰か来たようだ」
彼の言う通りパブにはもうひとり客が入るところだった。
客は一番奥のテーブル席につくと、何か警戒しているようだった肩の力を抜き、被っていたフードも外した。
そこから現れたのは、炎を思わせる鮮やかな橙色だった。

ワアアアァァァッ
「外が騒がしいな…」
「何かあったんですかね?」
二人が店外に出てみると、人だかりができていた。騒ぎはその野次馬たちによるものらしい。彼らが作る大きな円の真ん中には、決闘を始めた二人の男。
「10円ゲームみたいですね」
「何が勘にさわったのか知らないが、こんな街中で迷惑なことだ」ブルーインは吐き捨てるように言った。どうせ、野次馬にはともかくプレイヤー本人には聞こえない。
「それだけここいらの治安が悪くなったってわけか…」
「そうですか」「そうだ、嫌でも分かる。俺がここに店を構えて何年になると思ってんだ」
「15年でしたっけ」「20年だ」ブルーインはそこで話を切ると、自らの本業――パブの主人――を全うしにかかった。棚の奥のほうからコーヒーミルを取り出し、豆を挽き始める。辺りにその独特の香りが広がった。湯を沸かし、いつの間に取り出されたのか「国産100パーセント」と書かれた瓶からとりだされた謎の粉とともにカップにゆっくりと注ぐ。
一連の流れを見ながら、この人は本当に森の熊さんだな、とナミセには思えてきて、にやけてしまった。
「お待たせしました。タナトスブレンドでございます。久々の注文だから味は保証できないが、なんせここに来る客は飲んべえばかりだからな、どうだ?いけるか?」
「……」
ブルーインは無言を肯定と受け止めるには、少々賑やかさが好きな男だった。「こんなに煩いのにずいぶん平然としてるけど、君は見に行かなくていいのかい?」
「…騒がしいのとか、争いとか苦手なんで」
「へぇ、珍しいな。ラブノウの人間はみんな血の気が多くて好戦的なヤツばっかりだと思ってたよ」
すると青年は、能面のようだった表情をさっと変え、慌ててフードを被り直した。急いでパブを後にしようとする彼をブルーインは呼び止めた。
「こら待て。俺はお前に危害を加えるつもりはねえよ。それに、お前は代金も払わずに店を出てくつもりか」
その言葉に青年は一瞬申し訳なそうな目をしたが、すぐに先ほどまでの無表情に戻ってしまった。
「すみません、お代、ここ置いときますんで」そして、今度はゆっくりと、去っていった。
「行っちまったよ」
ナミセはこの一部始終を見て不思議に思っていた。「なんで、ラブノウ族だって分かったんですか」
「ん、ナミセはラブノウの人間を見たことないのか。ほら、あいつの髪。綺麗なオレンジ色してたろ」
「そういえば」
「極端に弱い紫外線の影響だとか、精霊の祝福だとか、有り余るパワーがどうだとも言われているが本当のところはよく分かっていない。とにかくあまりにも見事なもんだから昔は珍重がられて、その…売買の対象になっていたこともあったりするんだが」
「へー」
「そんな迫害されし人々が、今じゃ戦闘民族だ。10円ゲームってのは、いち民族の運命も左右してるんだな」

――ヴェスト区域アインス県・デーラー城
「コレラノ様、少々よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「失礼いたします」
「どうかしましたか。そんなに深刻な顔をして」コレラノ、と呼ばれた男は穏やかな表情をしていた。どちらか言えばそれは感情よりも顔の造りが成せる業らしかった。
「我らが管区に、あの悪名高き男が侵入したもようです」
「それは、ノキア・リーのことですか」「ご存知で?」
「ええ、ツヴァイの彼から聞きましたよ。橙髪の悪魔、ノキア・リー…世界で唯一のSSクラス犯罪者。総統からじきじきに命令が出てる、場合によってはという枕詞つきだけれども、抹殺も辞さないと…面白いじゃないですか。ではサンタマリア、彼の居どころを探ってください。急ぐことはありませんが、確実な情報を下さいね」話す内容とは裏腹に口調も表情もまるで変化しないコレラノの心中を、側近は量りかねた。
「ぜひ、お会いしたいと思っていたのですよ」